仏教の根本に学び 「いまを大切に生きる・自ら変わる」実践を!
涅槃会の月を迎えました。お釈迦さまをお慕い申しあげ、お互いさまに菩薩行に邁進させて頂きましょう。
会長先生のテーマは、「気にしない人」です。次のようにご指導下さってます。
私たちはふだん、いろいろなことを気にして暮らしています。気にする必要のないことや、気にしても仕方のないことにとらわれて、悩んだり苦しんだりしていることも多いようです。日ごろ、人からの評価やうわさ話にふり回されていらいらしたり、まだ起きてもいない先のことを心配して心を曇らせたりすることはないでしょうか。
ところが、世の中にはそういうこととはまるで無縁であるかのような人がいます。それはたとえば、ものごとに頓着しない大らかなイメージの一休さんや良寛さんです。逸話で知る限り、人から悪口をいわれても気にしない、くよくよしない、悩まないといった羨ましい生き方に思えます。
では、この二人と私たちとの違いはどこにあるのかを考えてみましょう。まず思いつくのは、名誉や利得といった世俗の価値観にとらわれていないことです。私たちはつい、権威や世俗の価値に照らして人と自分の評価を比べ、さらにはものごとを損得勘定で判断しがちです。
ところが仏教では、出会う人も、身の回りで起きるできごとも、すべてが、私たちに大切なことを教える仏のはからいであると教えています。ものごとをそのように受けとめると、そこに優劣や序列や損得はありません。したがって、そういうことにとらわれる必要もないのです。一休さんや良寛さんの目には、すべてが有り難い存在と映っていたのではないでしょうか。
一休さんや良寛さんのような「気にしない人」に本質的に変われたら、いつでも安心して生きることができます。幸いなことに、本誌を手にされているみなさんは、二人が求めたのと同じ仏の教えに縁ある方々です。諸行無常、諸法無我、一切皆苦といった仏教の根本とともに、すべてを仏のおはからいと見ることや自らを深く省みることを繰り返し学ぶことで、
「気にしない人」に自ずから変わっていくのだと思います。
ところで、私たちは気にしても仕方のないことまで気にするわりに、つねに心にとめておきたい大切なことは忘れがちです。その一つは「いま」です。過去や未来を思い煩うのではなく、「いま」をもっと大切に生きましょう。そして、人を思いやることを日々実践していきたいものです。
今月の十五日は、釈尊の涅槃会です。涅槃とは「すべての束縛から解脱すること」ですが、
束縛を放れて思いやりに生きることが、自由で明るい人生を約束するのです。
まほろば 奈良教会長コラム
平成29年2月度実践目標
2017.2.1