まほろば 奈良教会長コラム

平成26年4月度実践目標

2014.3.30

「人と比べず自分の尊さを自覚する、その仏さまの大きな願いに生きていこう」

  人と比べさえしなければ結構幸せを感じていたのに、一旦人と比べ始めると、妬(ねた)んだり、卑下(ひげ)したり、憍慢(きょうまん)になったりして、不幸せ感や怒りを感じたりすることがありませんか。どうしたら「人と比べる」ということから脱(ぬ)け出せるのでしょうか? 会長先生は次のように教えてくださっています。

・妬んだり、卑下したり、憍慢になったりするのはなぜでしょう。

それは「大事なこと」がわかっていないからではないでしょうか。それがわかれば人と比べたりしませんから、不足によるへこみも、驕(おご)りによる角(かど)もない「まんまる」の心のままでいられるのです。

 ・釈尊がお生まれになったときにおっしゃったといわれる「天上天下唯我独尊」(てんじょうてんげゆいがどくそん)というお言葉は、「広大な宇宙にあって、人間は一人ひとりみな尊厳なる存在である」ということを教えています。自己の尊厳(そんげん)を真に自覚できたら、人と比べる必要はなくなるのです。

 ・しかし、そうとわかっていても比べてしまう。ならば、それをいかにして人間の成長や社会の発展につなげていくか。自他を傷つけることなくプラスの力に転じるか。そうした心をコントロールする方法を仏教が教えているのであり、その信仰の生活に悦びがあります。

 ・他と比べないところに安心(まんまるの心)がある。目を外にばかり向けず、「自分にとってほんとうに大事なことは何か」と、自分の内に目を凝(こ)らすことを忘れないようにしたいものです。

 ・東井義雄(とういよしお)先生は、「大きな願いに生きる以外、ほんとうの自分に育てる道はない」といわれていますが、「大事なこと」の一つがここに示されているように思います。たとえてみれば、日々のご供養や法座をとおして、自他の仏性礼拝(ぶっしょうらいはい)の心を深めさせていただくのもそれに通じるといえます。これは、まさに仏さまの願われる自他一体の世界にほかならず、私たちが「このように生きよう」と謙虚に願うとき、自(みずか)らの仏性を開き顕(あら)わすことになります。そのように大きな願いに生きるとき、仏さまが身近なものになる。それはつまり、本来の尊厳なる自分を発見することなのです。

今月は釈尊がお生まれになった月です。釈尊が求め願われたように、まず、自分がこの世で唯一の独自の尊い存在であることを自覚し、一見不都合と思う人をも、同じように思えるように、「×」(バツ)のなかに「○」(マル)を見いだしてゆく感性を磨き、自他の仏性礼拝の心を深めさせていただきましょう。